この記事でわかること
  • 中小企業がインナーブランディングに取り組む意義
  • 大企業と比べたときの中小企業の強みと制約
  • 専任担当がいない少人数の組織でも進められる5つのステップ
  • 予算を抑えて始められる施策と、兼任でも回る推進体制
  • 外部支援の使い方と、中小企業でよくあるつまずき

インナーブランディングと聞くと、大企業が専任の部署や大きな予算をかけて取り組むものという印象を持つ方もいるかもしれません。社員数が数十人から数百人規模の会社では、「専任の担当者を置く余裕はない」「ポスターや冊子をつくる予算もない」という理由で、手をつけられずにいるケースも見られます。

しかし、インナーブランディングの本質は、立派な制作物をつくることではなく、会社が大切にしている考え方を社員と共有し、日々の判断や行動にまで届けることです。経営者と社員の距離が近い中小企業は、むしろその点で進めやすい面を持っています。

この記事では、中小企業がインナーブランディングに取り組む意義と、大企業との違いから見た強みと制約を整理したうえで、少人数・限られた予算で始める進め方、取り組みやすい施策、推進体制のつくり方を解説します。経営者の方と、総務や人事を兼任しながら担当している方の両方に役立つように構成しています。


中小企業のインナーブランディングとは

中小企業のインナーブランディングとは、経営者の思いや会社の理念を社員と共有し、全員が同じ方向を向いて判断・行動できる状態をつくる取り組みです。

インナーブランディングとは、企業が大切にしている理念・ビジョン・価値観を社内で共有し、社員がそれに共感して自発的に体現できる状態をめざす取り組みです。基本的な考え方は企業の規模にかかわらず同じですが、中小企業では組織の規模や体制に合わせた進め方が求められます。

中小企業の範囲

中小企業基本法では、中小企業者の範囲を業種ごとに資本金と従業員数で定めています。資本金または従業員数のいずれかが基準内であれば該当します。

業種資本金の額または出資の総額常時使用する従業員の数
製造業その他3億円以下300人以下
卸売業1億円以下100人以下
小売業5,000万円以下50人以下
サービス業5,000万円以下100人以下

出典:中小企業庁「中小企業・小規模企業者の定義」。補助金などの制度によって対象範囲が異なる場合があります。

この記事では、こうした規模の会社のうち、インナーブランディングの専任担当を置いていない組織を主に想定しています。インナーブランディングの基本はインナーブランディングとは?定義・目的・効果を初心者向けに徹底解説で紹介しています。

太田高寛

中小企業の方から相談を受けると、「うちの規模でやる意味があるのか」と聞かれることがあります。規模が小さいからこそ、社長の考えが社員一人ひとりの判断にそのまま影響するので、取り組む意味は大きいと感じています。

大企業と比べたときの強みと制約

中小企業には、経営者と社員の距離が近く意思決定が速いという強みがある一方、専任担当や予算、仕組みが整っていないという制約があります。

大企業の事例をそのまま真似ても、うまくいかないことがあります。自社の強みを生かし、制約を前提にした進め方を選ぶことが大切です。

観点中小企業の強み中小企業の制約
経営者との距離経営者が全社員に直接語りかけられる経営者の考えに依存しやすく、経営者が忙しいと止まる
意思決定決めたことをすぐに実行に移せる方針が変わりやすく、取り組みが続かないことがある
担当者部署の壁が低く、関係者を集めやすい専任担当がおらず、兼任の担当者に負担が集中する
予算小さな施策から試しやすい制作物や外部支援にかけられる費用が限られる
仕組み全員の顔が見えるため、変化に気づきやすい評価制度や研修制度が整っていないことが多い

強みを生かす

中小企業では、経営者が社員全員に直接話す機会をつくりやすく、社員の反応もすぐに見えます。大がかりな仕組みをつくる前に、経営者自身の言葉で繰り返し伝えるだけでも、変化が生まれやすい環境です。

制約を前提にする

一方で、専任担当がいないまま始めると、担当者の本業が忙しくなった時点で取り組みが止まってしまいます。最初から無理のない範囲で計画を立て、続けられる仕組みにしておくことが大切です。

太田高寛

中小企業では、経営者の方が熱心なほど「全部自分で伝えよう」としがちです。経営者が語る役割と、それを日々の仕事に落とし込む役割を分けておくと、取り組みが長続きしやすいと思います。

中小企業がインナーブランディングに取り組む意義

中小企業にとってインナーブランディングは、採用と定着、判断の速さと一貫性、顧客への対応の質、世代交代への備えにつながる取り組みです。

採用と定着につながる

会社の考え方や大切にしていることが明確だと、採用の場面で自社に合う人を見極めやすくなり、入社後のギャップも小さくなります。給与や待遇だけで大企業と競うのが難しい場合でも、会社の考え方への共感は選ばれる理由の一つになります。採用との関係はインナーブランディングが採用・定着にもたらす効果:採用ブランディングへの生かし方と進め方で詳しく紹介しています。

経営者がいなくても判断できる組織になる

中小企業では、判断が経営者に集中しやすい傾向があります。会社として何を大切にするのかが共有されていれば、社員が経営者に確認しなくても、自分で判断できる場面が増えていきます。

顧客への対応に一貫性が生まれる

社員一人ひとりが会社の考え方を理解していると、誰が対応しても同じ姿勢で顧客に向き合えるようになります。少人数の会社では社員一人の対応が会社の印象を大きく左右するため、この一貫性は大切です。

世代交代や組織の変化に備える

事業承継や組織の拡大など、会社が大きく変わるときにも、共有された理念は社員が迷わないための拠り所になります。

インナーブランディングの必要性についてはインナーブランディングの必要性:なぜ今、大企業・中小企業問わず重要とされるのかでも解説しています。

太田高寛

社員が増えてきたタイミングで、「創業メンバーには伝わっていたことが、新しく入った人には伝わっていない」と気づく経営者の方は多いです。そのときが、考え方を言葉にして共有し直す良いきっかけになると思います。

少人数でも進められる5つのステップ

中小企業のインナーブランディングは、経営者の思いの言語化、現状の把握、伝える場づくり、日常業務への組み込み、振り返りの5ステップで進めると、少人数でも無理なく取り組めます。

ステップやること中小企業でのポイント
1. 経営者の思いを言葉にする会社が大切にしていること、めざす姿を言葉にするまずは経営者の言葉で書き出し、完璧な文章をめざさない
2. 現状を把握する社員が会社の考え方をどう受け止めているかを知る少人数なら面談やヒアリングで直接聞ける
3. 伝える場をつくる理念の背景を伝え、社員と話す機会を設ける全体朝礼や全社ミーティングなど既存の場を使う
4. 日常の仕事に組み込む判断や行動の場面で理念を使う習慣をつくる1on1や日報、会議の中で理念に触れる
5. 振り返って見直す社員の受け止め方の変化を確かめる半年や一年ごとに同じ質問で聞いてみる

ステップ1:経営者の思いを言葉にする

理念がすでにある場合は、その言葉に込めた思いや背景を改めて書き出します。理念がない場合は、創業のきっかけや、これまで大切にしてきた判断、顧客にどう思われたいかといった問いから、経営者の言葉で書き出してみます。最初から整った文章にする必要はありません。

ステップ2:現状を把握する

社員が会社の考え方をどう受け止めているのかを確かめます。少人数の会社であれば、一人ひとりと面談して直接聞くこともできます。経営者が直接聞くと本音が出にくい場合は、担当者や外部の人が聞く方法もあります。

ステップ3:伝える場をつくる

新しい場を増やすより、全体朝礼や月例の全社ミーティングなど、すでにある場を使う方が続けやすくなります。経営者が理念の背景を語るだけでなく、社員が自分の考えを話す時間も設けます。

ステップ4:日常の仕事に組み込む

理念を特別な時間だけで扱うのではなく、日々の仕事の中で使う習慣をつくります。1on1で理念に沿った行動を伝える、会議で判断に迷ったときに理念に照らして考える、といった小さな習慣の積み重ねが浸透につながります。

ステップ5:振り返って見直す

半年や一年ごとに、同じ質問で社員の受け止め方を確かめます。変化を見ながら、伝え方や施策を見直していきます。

ステップ全体の考え方はインナーブランディングの進め方ロードマップ:企画、設計、実行、評価の7ステップでも詳しく紹介しています。

太田高寛

中小企業では、ステップ2の現状把握を飛ばして施策から始めてしまうことが多いと感じています。少人数だからこそ、一人ひとりに話を聞く時間を取るだけで、何から手をつけるべきかがかなり見えてくると思います。

予算を抑えて始められる施策

中小企業では、既存の場や無料で使えるツールを活用し、費用のかかる制作物は必要になってから検討する順番で進めると、予算を抑えながら取り組めます。

施策内容費用の目安
経営者からのメッセージ朝礼や全社ミーティングで理念の背景を語るほとんどかからない
1on1での声かけ理念に沿った行動を上司が言葉にして伝えるほとんどかからない
社内チャットでの共有理念を体現した行動やエピソードを共有する既存のツールを使えば小さい
簡単な社員アンケート無料のフォームで受け止め方を定期的に聞く小さい
社内での表彰理念を体現した行動を全社ミーティングで称える小さい(記念品の費用程度)
ワークショップ理念を自分の仕事に当てはめて話し合う社内で進行すれば小さい
理念カード・冊子理念をまとめた携帯用のカードや冊子をつくるデザインや印刷の費用がかかる
社内報会社の動きや社員の取り組みを定期的に発信する形式によって幅がある

まずは費用のかからない施策から

経営者のメッセージや1on1での声かけは、費用はほとんどかかりませんが、浸透への影響は大きい施策です。まずはこうした施策を続けられる形にしてから、必要に応じて制作物を検討する順番が現実的です。

制作物は目的がはっきりしてから

理念カードや冊子、ポスターなどの制作物は、つくること自体が目的になりやすい施策です。何のために、誰に、どの場面で使ってもらうのかが決まってから取り組むと、つくったものが活用されないという事態を防げます。施策の全体像はインナーブランディング施策15選:理念浸透・コミュニケーション活性化の手法と選び方で一覧にしています。

太田高寛

予算が限られているときほど、「何かをつくる」より「どこで話すか」を考える方が効果が出やすいと感じています。経営者の方が同じ話を繰り返すのは大変ですが、それが一番の施策になることも多いと思います。

兼任でも回る推進体制のつくり方

専任担当を置けない場合は、経営者・推進役・管理職の役割を分け、既存の会議や業務の中に取り組みを組み込むことで、兼任でも続けられる体制をつくれます。

役割を分けて決める

誰が何を担うのかを最初に決めておくと、担当者一人に負担が集中するのを防げます。

役割担う人の例主な役割
旗振り役経営者理念の背景を語り、取り組みの方針を示す
推進役総務・人事の兼任担当、若手の有志など施策の計画と運営、社員の声を集める
現場の伝え手部門長や現場のリーダー日々の仕事の中で理念と仕事をつなげる

推進役は一人で抱えない

推進役は、総務や人事を兼任している担当者が務めることが多いですが、一人で抱えると続きません。部署や世代の違うメンバーで小さなチームをつくると、現場の声も集めやすくなります。

外部支援を使う場面

社内だけでは現状を客観的に見るのが難しい場合や、何から始めればよいかわからない場合は、外部の支援を使う方法もあります。すべてを任せるのではなく、現状の診断や計画づくりなど、社内では難しい部分に絞って使うと、費用を抑えながら社内に進め方を残せます。支援会社の選び方はインナーブランディング会社の選び方|支援会社のタイプ比較と費用の考え方で紹介しています。また、地域の中小企業支援機関や自治体が人材や組織づくりに関する相談窓口を設けている場合もあるため、あわせて確認してみるとよいでしょう。

太田高寛

外部の支援を使うときも、最終的には社内で回せる状態をめざすことが大切だと考えています。支援が終わったら止まってしまうのでは、中小企業にとっては負担だけが残ってしまうからです。

中小企業でよくあるつまずき

中小企業では、経営者だけが熱心で社員が置き去りになる、施策が単発で終わる、制作物をつくって満足する、といったつまずきが起こりやすくなります。

つまずき起こりやすい理由対策
経営者だけが熱心経営者の思いが強く、一方的な発信になる社員が話す場をつくり、反応を聞く
施策が単発で終わる本業が忙しくなると後回しになる既存の会議や業務に組み込み、続けられる形にする
制作物で満足する形に残るものがあると達成感が出やすい使う場面を決めてからつくる
一部の社員にしか届かない拠点や勤務形態によって情報が届きにくい社内チャットや短い動画など、届け方を複数用意する
変化が見えずやめてしまう効果がすぐには数字に表れない振り返りの時期と確かめる方法を最初に決める

失敗の典型的なパターンはインナーブランディングの失敗パターンと対策:段階別に見る9つの原因と立て直し方でも詳しく整理しています。

太田高寛

中小企業の取り組みが止まる一番の理由は、反対されることより、忙しくて後回しになることだと感じています。最初から大きく始めるより、「毎月の全社ミーティングで5分だけ話す」くらいの小さな約束から始める方が続きやすいと思います。

中小企業のインナーブランディングを相談したい方へ

TSRコンサルティングでは、社員の意思統一や部門間の連携といった組織課題をインナーブランディングの観点から診断し、計画立案から実行までを細かく助言しながら、自社で推進できるようになるまで伴走します。相談から実務支援、社内に入っての課題抽出まで対応しており、料金は月5万円(税抜)からです。「専任の担当者がいないが、何から始めればよいか知りたい」という段階でもお気軽にご相談ください。

まとめ

  • 中小企業は経営者と社員の距離が近く意思決定が速い一方、専任担当・予算・仕組みに制約があるため、それを前提に進める
  • 経営者の思いの言語化、現状の把握、伝える場づくり、日常業務への組み込み、振り返りの5ステップで少人数でも進められる
  • 経営者のメッセージや1on1など費用のかからない施策から始め、制作物は目的がはっきりしてから検討する
  • 経営者・推進役・現場の伝え手の役割を分け、既存の会議や業務に組み込むことで、兼任でも続けられる体制にする

よくある質問

社員が数十人の会社でもインナーブランディングは必要ですか?

規模が小さい会社でも取り組む意味はあります。経営者と社員の距離が近いため、考え方を共有しやすい環境です。社員が増え始めた時期や、事業の方向転換をするときは、考え方を言葉にして共有し直す良いきっかけになります。

理念がまだない場合はどうすればよいですか?

創業のきっかけや、これまで大切にしてきた判断、顧客にどう思われたいかといった問いから、経営者の言葉で書き出すことから始めます。社員の意見を聞きながら言葉を整えると、完成したときに自分たちのものとして受け止めてもらいやすくなります。

専任の担当者がいなくても進められますか?

進められます。経営者・推進役・現場の伝え手の役割を分け、既存の会議や業務の中に取り組みを組み込むことで、兼任でも続けやすくなります。推進役を一人に任せず、小さなチームで担うことも大切です。

どのくらいの費用がかかりますか?

取り組み方によって大きく異なります。経営者のメッセージや1on1での声かけなど、費用がほとんどかからない施策から始めることもできます。制作物や外部支援を使う場合は、目的を決めてから必要な範囲に絞ると費用を抑えやすくなります。

効果はどのように確かめればよいですか?

半年や一年ごとに、同じ質問で社員の受け止め方を確かめる方法があります。少人数の会社であれば、面談で直接話を聞くことも有効です。あわせて、採用や定着、顧客からの声の変化なども見ていくと、取り組みの影響をつかみやすくなります。

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