この記事でわかること
  • 地域ブランディングにおける「インナー」は誰を指すのか
  • シビックプライドとインナーブランディングの関係
  • 住民・事業者・行政職員それぞれとの関わり方
  • 合意形成から実行までの進め方
  • 地域企業が担える役割と、効果の確かめ方

ロゴやキャッチコピーを作り、パンフレットやウェブサイトも整えた。けれども地元の人からは「うちらしくない」「誰が決めたのかわからない」という声が聞こえてくる。補助金や担当者の異動をきっかけに、取り組みが止まってしまう。地域ブランディングに関わる方の中には、こうした経験をお持ちの方もいるのではないでしょうか。

地域のブランドは、広告で伝えるだけで成り立つものではありません。訪れた人が接するのは、店の人や宿の人、まちで暮らす人です。地域の中にいる人たちが自分たちの地域の価値に納得し、自分の言葉で語れる状態になってはじめて、外に向けた発信にも実感が伴います。

企業がブランドの価値を社員と共有する取り組みをインナーブランディングと呼びますが、同じ考え方は地域にも当てはまります。ただし、企業と違って地域の関係者には指揮命令の関係がありません。立場も利害もさまざまな人たちと、どう方向をそろえていくかが地域ならではの難しさです。

この記事では、自治体や観光団体、商工団体、地域企業で地域ブランディングに関わる方に向けて、地域におけるインナーの捉え方と、関係者ごとの関わり方、合意形成から実行までの進め方を解説します。


地域ブランディングにおけるインナーとは誰か

地域のインナーは、住民、地域の事業者、行政職員、関係団体など、地域の価値を日々形にしている人たち全体を指します。

企業の場合、インナーブランディングの対象は主に社員です。地域の場合は、もっと範囲が広くなります。観光客が市井の人々の暮らしぶりにも価値を見いだすようになると、インナーの範囲は観光事業者にとどまらないという指摘もあります。

関係者地域の価値との関わり期待したい状態
住民暮らしや人柄が地域の印象をつくる地域に誇りを持ち、自分の言葉で語れる
地域の事業者商品やサービス、接客で価値を形にする自社の商売と地域の価値を結びつけて語れる
行政職員計画や事業、窓口対応で地域を支える部署を越えて同じ方向で事業を進められる
観光・商工などの関係団体関係者をつなぎ、外部へ発信する連携して一貫した発信ができる
学校や若い世代次の担い手になる地域の歴史や仕事を知り、関わる機会を持つ

企業のインナーブランディングとの違い

大伸社コミュニケーションデザインのブログでは、地域ブランディングと企業・商品のブランディングの違いとして、関係者の多様性、対象の広さ、資源の多様さと制約の多さが挙げられています。これを内側への働きかけの視点で整理すると、次のようになります。

観点企業地域
対象社員が中心住民、事業者、職員など多様
関係組織としての方針で動かせる指揮命令の関係がなく、参加は任意
共通の言葉理念やビジョンが定められている関係者でつくる過程から必要になる
継続の支え経営判断と予算計画、予算、担当者の交代の影響を受けやすい

インナーブランディングの基本的な考え方はインナーブランディングとは?定義・目的・効果を初心者向けに徹底解説で解説しています。

太田高寛

地域の取り組みでは、命令で動いてもらうことはできません。だからこそ、なぜこの取り組みをするのかを一人ひとりが納得できるように時間をかけることが、遠回りに見えて近道なのだと思います。

シビックプライドとインナーブランディングの関係

シビックプライドは、地域に対する住民の誇りや愛着であり、企業のインナーブランディングがめざす状態に近い考え方です。

地域の内側に目を向けるときによく使われる言葉がシビックプライドです。第一生命経済研究所のレポートでは、住民が自分たちの地域やコミュニティに対して抱く誇りや愛着を指す概念で、歴史、文化、自然環境、社会インフラ、住民同士の結びつきなど複数の要素で構成されると説明されています。やまとごころ.jpの連載では「企業でいうところのインナーブランディングに近い」とも紹介されています。

シビックプライドを育てる取り組みの類型

同じレポートでは、シビックプライドの醸成につながる取り組みとして、次のようなものが挙げられています。

取り組みの類型期待できること
文化財や歴史的建造物、自然環境の保護活動地域の資源を自分たちのものとして捉える
学校教育での地域の歴史・文化・自然の学習次の世代が地域を知る機会をつくる
祭りやスポーツイベントを通じた住民交流住民同士のつながりを深める
地域づくりへの住民参画自分たちで決めて関わる実感を持てる

誇りと参加を分けて考える

地域への愛着があることと、地域ブランディングの取り組みに参加することは、同じではありません。「地域は好きだが、取り組みには関係がない」と感じている人も多いはずです。誇りを育てる活動と、具体的な参加の機会を用意する活動を分けて設計すると、どこを強化すべきかが見えやすくなります。

太田高寛

地域への愛着はすでにあるのに、それを語る機会がないだけということも多いのではないでしょうか。新しい価値をつくる前に、地元の人が大切にしてきたことを聞いて回るところから始めるのがよいと感じています。

関係者ごとの関わり方

住民には語る場を、事業者には商売との接点を、職員には部署を越えた共有の場をと、立場に合わせて関わり方を変えます。

全員に同じ説明をしても、受け止め方は立場によって異なります。それぞれにとっての意味を考えて、関わり方を変えましょう。

住民との関わり方

住民には、説明会で伝えるだけでなく、語ってもらう場を用意します。ワークショップや意見交換会で「この地域で残したいもの」「外の人に見せたいもの」を話し合うと、ブランドの素材が集まり、参加した人の当事者意識も高まりやすくなります。話し合いの設計は理念浸透のためのインナーブランディングワークショップ:設計の手順・プログラム例・進行のコツも参考になります。

事業者との関わり方

事業者にとって大切なのは、取り組みが自社の商売にどうつながるかです。理念の話だけでは関心を持ってもらいにくいので、商品開発や接客、共同販促など、具体的な接点を示します。地域の名称と商品名を組み合わせた地域団体商標は、平成17年の商標法改正で導入された、団体を中心としたブランド作りを支援する制度です。事業協同組合や商工会、商工会議所、NPO法人などに登録主体が限られ、周知性などの要件もあります。活用を検討する場合は、特許庁の案内や弁理士などの専門家に確認してください。

行政職員との関わり方

自治体が主体の場合、担当部署だけが取り組みを理解している状態になりがちです。観光、産業、教育、広報、窓口業務など、部署によって地域との接点は違います。庁内の勉強会や部署横断の検討会を開き、それぞれの事業とブランドとの関係を確認しておくと、担当者が異動しても取り組みが続きやすくなります。

関係者ごとの整理表

関係者関心を持ちやすいこと用意したい場
住民暮らしの良さ、地域の誇り、次の世代ワークショップ、地域の行事、広報紙での紹介
事業者売上、人材の確保、他社との連携勉強会、共同企画、事例の共有会
行政職員事業の方向性、部署間の連携庁内勉強会、横断チーム
団体発信の一貫性、役割の分担定例の連絡会、共通の言葉のガイド
太田高寛

事業者の方に話を聞くと、地域のためと商売のためは別のものではないという方も多いと思います。その両方がつながって語られているときに、ブランドの言葉は強くなると感じています。

合意形成から実行までの進め方

現状の把握、共通の言葉づくり、語り手の育成、小さな実践、振り返りの順に進めると、関係者の納得を得ながら前に進めます。

地域の取り組みは関係者が多く、最初から全員の合意を得るのは難しいものです。段階を分けて、参加する人を少しずつ増やしていきましょう。

手順やることポイント
1. 現状を聞く住民、事業者、職員に話を聞き、調査を行う外部の視点と内部の視点を比べる
2. 推進の場をつくる行政、企業、住民、NPOなどでチームを組むそれぞれの強みを生かせる構成にする
3. 共通の言葉をつくる地域の価値を短い言葉にまとめる決める過程に参加してもらう
4. 語り手を増やす共感した人が周囲に話せる機会をつくる語り方の例や素材を提供する
5. 小さく実践する商品、イベント、接客などで試す成功した例を地域の中で紹介する
6. 振り返って広げる反応を確かめて次の計画に生かす外部への発信はこの段階で強める

事例に見る、言葉と住民の関係

大伸社コミュニケーションデザインのブログでは、島根県海士町の「ないものはない」が、住民が地域を見つめ直し、魅力を再発見するきっかけになった例として紹介されています。こうした例から読み取れるのは、言葉は外部に向けた宣伝文句としてだけでなく、地域の中の人が自分たちを見つめ直すきっかけにもなるということです。

外部の専門家との付き合い方

デザイン会社やコンサルタントなどの外部の力を借りることも有効ですが、言葉やロゴだけを外部で作って地域に持ち帰ると、「うちらしくない」という反応につながることがあります。外部には、聞き取りや議論の進行、表現の整理を手伝ってもらい、決めるのは地域の人たちという分担にしておくと、納得感を保ちやすくなります。

外への発信のタイミング

内側の共感が十分に育つのを待ちすぎると、機会を逃すこともあります。逆に、内側が追いつかないうちに発信を強めると、期待と実態の差が目立ちます。主な関係者が説明できる状態になったかを確かめながら、発信を段階的に強めるとよいでしょう。

太田高寛

反対の声がある方も最初の段階で話を聞いておくと、後から進めやすくなることがあります。全員の賛成を待つ必要はありませんが、聞いてもらえたという実感は、地域の取り組みでは大きな意味を持つのではないでしょうか。

地域企業が担える役割

地域企業は、社内のインナーブランディングと地域の価値を結びつけることで、採用や定着、地域との関係づくりにも生かせます。

「インナーブランディング 地域」と調べている方の中には、地域に根ざした企業の担当者もいるかもしれません。地域企業にとって、地域の価値と自社の理念を結びつけることは、社員が自分の仕事に意味を見いだすきっかけになります。

地域企業の取り組み社内への効果地域への効果
自社の歴史と地域の歴史を一緒に語る自社の理念の背景を理解しやすくなる地域の価値を伝える担い手になる
地域の行事や活動に社員が参加する部署を越えた交流の機会になる地域活動の担い手が増える
地域の素材や技術を生かした商品開発仕事の誇りにつながる地域の事業者との連携が生まれる
学校や若者への職場紹介自社の仕事を見直す機会になる地域の仕事を次の世代に伝えられる

自社の中から始める

地域のための活動であっても、社員にとって「また仕事が増えた」と受け止められると続きません。活動の目的と自社の理念との関係を説明し、参加の扱いを明確にしておきましょう。業務として参加を求める場合は、労働時間の扱いなどを社内の労務担当者や専門家に確認してください。少人数の会社での進め方は中小企業のインナーブランディング:少人数・限られた予算で始める進め方と施策で紹介しています。

太田高寛

地域とのつながりは、地域企業にとって他社にはまねできない資産の一つだと思います。ただ、社内の人が当たり前だと思っていることも多いので、社外の人の視点で改めて言葉にしてみると発見があると感じています。

効果の確かめ方と継続の工夫

住民の誇り、事業者の参加、関係者の語りの変化を複数年で確かめ、担当者が交代しても続く仕組みをつくります。

地域の変化は、短い期間では見えにくいものです。外から訪れる人の数だけでなく、内側の変化を確かめる指標も用意しましょう。

段階確かめたいこと方法の例
認知取り組みや言葉を知っているか住民アンケート、事業者アンケート
共感地域に誇りや愛着を持っているか定点の意識調査、自由記述
参加取り組みに関わる人が増えているか参加者数、参加事業者数、新しい参加者の割合
語り自分の言葉で語られているか聞き取り、広報やSNSでの発言の内容
成果地域に変化が生まれているか観光や移住、事業の指標、関連する統計

計画の期間と担当者の交代に備える

予算の年度や担当者の異動で、取り組みが途切れるのは、地域によくある悩みです。議論の経緯や決めた言葉の意味を記録しておくこと、民間や住民の担い手を育てておくこと、複数年の計画として位置づけておくことが備えになります。

関係者に結果を返す

調査結果や小さな成功を関係者に返すことも、継続の力になります。広報紙やSNS、報告会などで、誰のどんな取り組みが地域の変化につながったのかを紹介しましょう。

太田高寛

成果の数字も大切ですが、「最近この話をする人が増えた」といった変化も見逃さないようにしたいところです。数字に表れる前の小さな変化を共有できると、関わる人の励みになると思います。

地域の取り組みでよくあるつまずき

つまずきの多くは、外への発信を急ぎ、内側の納得を後回しにすることから起こります。段階を確かめながら進めましょう。

つまずき起こりやすいこと対策
発信物の制作が先行する地元の人が「うちらしくない」と感じる聞き取りと議論の過程を先に用意する
一部の関係者だけで決める知らない人が反発したり、無関心になったりする途中経過を共有し、意見を聞く機会を設ける
住民に協力を求めるだけになる負担感が先に立つ参加する人にとっての意味を一緒に考える
補助金の期間で終わる期間が過ぎると活動が止まる民間の担い手や収益の仕組みも検討する
担当者に依存する異動で方針がわからなくなる記録を残し、複数の担い手を置く
太田高寛

地域の取り組みは、関わる人が楽しめているかどうかも大切だと感じています。義務感だけでは続かないので、参加した人が「また来たい」と思える場をつくることも、担当者の大事な仕事ではないでしょうか。

組織や地域の内側の課題を相談したい方へ

TSRコンサルティングでは、意思統一や部門間の連携といった組織課題をインナーブランディングの観点から診断し、計画立案から実行まで助言・伴走します。相談から実務支援、社内に入っての課題抽出まで対応しており、料金は月5万円(税抜)からです。地域に根ざした企業や団体で「関係者の足並みをどうそろえるか」とお悩みの段階でもお気軽にご相談ください。

まとめ

  • 地域のインナーは住民、事業者、行政職員、関係団体など幅広く、指揮命令の関係がない点が企業との大きな違い
  • シビックプライドは内側の共感の土台であり、誇りを育てる活動と参加の機会を分けて設計する
  • 関係者ごとに関わり方を変え、現状の把握、共通の言葉、語り手の育成、小さな実践の順に進める
  • 内側の変化を複数年で確かめ、担当者が交代しても続く仕組みをつくる

よくある質問

地域ブランディングとインナーブランディングは何が違いますか?

地域ブランディングは地域の価値を高めて内外に伝える取り組み全体を指します。インナーブランディングは本来、企業が社員に向けて行う取り組みですが、その考え方を住民や事業者など地域の内側に当てはめることで、地域ブランディングの土台づくりに生かせます。

住民の参加が少ないときはどうすればよいですか?

説明会に来てもらうだけでなく、地域の行事や学校、店先など、人がすでに集まる場に担当者が出向いて話を聞く方法があります。自分の意見が形になる実感を持ってもらうことも、参加の意欲につながりやすくなります。

小さな自治体や団体でも取り組めますか?

取り組めます。関係者が限られている分、顔の見える関係で進めやすい面もあります。最初から大きな計画を立てるのではなく、数人への聞き取りと少人数の話し合いから始め、共通の言葉を見つけていく進め方が現実的です。

地域団体商標は取らないといけませんか?

必須ではありません。地域団体商標は地域ブランドの保護に役立つ制度の一つですが、登録できる主体や要件が定められています。取り組みの段階や目的に照らして検討し、詳しくは特許庁の案内や弁理士などの専門家に確認してください。

効果はどのくらいで現れますか?

地域の意識や参加の変化には時間がかかるため、一概には言えません。短期的には取り組みの認知や参加者数を、中長期では意識調査や観光・移住などの指標を確かめるなど、段階に分けて複数年で見ていくことをおすすめします。

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