この記事でわかること
  • インナーブランディングの効果測定が難しい理由と、測定する目的
  • 認知・理解・共感・行動・成果の5段階で指標を整理する考え方
  • 定量調査、定性調査、行動データ、業績指標の使い分け
  • eNPSなどのエンゲージメント指標を使うときの注意点
  • 測定の頻度の決め方と、経営層への報告の組み立て方

社内報を発行し、ワークショップも開いた。社員からの反応も悪くない。それでも経営層から「それで、どのくらい効果があったのか」と聞かれると、答えに詰まってしまう。インナーブランディングを担当している方から、こうした悩みをよく耳にします。

売上や問い合わせ件数のように成果がすぐ数字に表れる施策と違い、インナーブランディングは社員の意識や行動の変化を扱う取り組みです。成果が出るまでに時間がかかり、他の要因の影響も受けます。そのため、「測れない」と考えて測定を後回しにしたり、反対に、スコアを一つだけ追いかけて現場の実態を見失ったりすることがあります。

大切なのは、最初から一つの数字で証明しようとしないことです。社員の変化を段階に分け、段階ごとに測るものを決めれば、今どこまで進んでいて、どこで止まっているのかが見えてきます。

この記事では、インナーブランディングの効果測定を任された人事・広報・経営企画の方に向けて、指標の選び方、測定方法の組み合わせ方、測定の頻度、経営層への報告の組み立て方、よくある失敗と対策を順に解説します。


インナーブランディングの効果測定は何のために行うのか

効果測定の目的は成果の証明だけではありません。次の打ち手を決め、経営層と進捗を共有することも大きな目的です。

測定の目的を「施策が成功したと証明すること」だけに置くと、都合のよい数字を探す作業になりがちです。実務では、次の3つの目的を分けて考えると、測るべきものがはっきりします。

目的知りたいこと使う場面
現状を把握する理念やビジョンがどの段階まで届いているか計画づくり、優先順位の判断
施策を改善するどの施策が効き、どこで止まっているか施策の見直し、予算の配分
経営層に説明する経営課題の解決にどう近づいているか定例報告、次年度の予算申請

効果測定が難しいと言われる理由

難しさの理由は、主に3つあります。1つ目は、意識や行動の変化に時間がかかること。2つ目は、業績や離職率などの結果には、景気や採用状況など他の要因も影響すること。3つ目は、そもそも「どういう状態をめざすのか」が決まっていないまま施策を始めてしまうことです。

このうち3つ目は、測定方法の問題というより目的設定の問題です。めざす状態の決め方はインナーブランディングの目的の決め方:類型・KPI対応表と経営合意の進め方で詳しく解説しています。

太田高寛

効果測定の相談を受けたときは、指標の話に入る前に「この取り組みで、社員のどんな状態をめざしているのですか」と確認するようにしたいと思っています。ここが曖昧なままだと、どんな指標を選んでも判断の材料になりにくいからです。

認知から成果までの5段階で指標を整理する

指標は認知・理解・共感・行動・成果の5段階に分けると、変化が止まっている場所を特定しやすくなります。

理念が社員に届いて行動に表れるまでには、いくつかの段階があります。段階ごとに指標を置くと、「知られているが納得されていない」「納得しているが行動につながっていない」といった違いが見えるようになります。

段階めざす状態指標の例測り方の例
認知理念やビジョンの存在を知っている認知率、社内報の閲覧率、説明会の参加率社員アンケート、閲覧ログ
理解内容と自分の仕事の関係を説明できる「自分の言葉で説明できる」と答えた割合社員アンケート、自由記述
共感内容に納得し、大切だと感じている納得度、エンゲージメントスコア、eNPSエンゲージメント調査、対話会
行動日々の判断や行動に表れている好事例の投稿数、表彰の推薦数、上司による行動評価社内SNSのデータ、評価データ
成果組織や事業の変化につながっている離職率、部門間の連携件数、顧客満足度人事データ、業績データ、顧客調査

段階ごとに「次の打ち手」が変わる

段階で分けておくと、結果の読み方が変わります。認知が低ければ、発信の量や経路を見直す必要があります。認知は高いのに共感が低ければ、発信を増やしても効果は薄く、対話の場を増やす方が合っているかもしれません。共感は高いのに行動が増えていなければ、評価や会議の進め方など、仕組みの側に原因がある可能性があります。

最初に全部を測ろうとしない

5段階すべてに複数の指標を置くと、集計だけで手一杯になります。最初は、段階ごとに1つから2つの指標に絞り、運用しながら増減するのが現実的です。指標を決めるときは、「この数字が動いたら、次に何を変えるか」を答えられるかどうかを確認すると、必要な指標を絞りやすくなります。

太田高寛

指標の数が多いほどしっかり測れているように見えますが、担当者が見きれなくなると、集計して終わりになってしまいます。少なくても、毎回きちんと議論される指標の方が役に立つと感じています。

測定方法は4種類を組み合わせる

測定方法には定量調査、定性調査、行動データ、業績データがあり、組み合わせると数字の背景まで把握できます。

一つの方法だけでは、見えるものが偏ります。それぞれの得意なことと弱いところを知ったうえで、組み合わせるのが基本です。

方法得意なこと注意したい点
定量調査(社員アンケート、エンゲージメント調査)全社の傾向と時間による変化を比べられる設問が変わると比較できない。回答の負担が大きいと回答率が下がる
定性調査(インタビュー、対話会、自由記述)数字の背景や現場の本音がわかる手間がかかる。一部の声を全体の傾向と誤解しやすい
行動データ(閲覧ログ、投稿数、推薦数)実際の行動を継続的に追える量は質を表さない。ノルマにすると数字だけが増える
業績・人事データ(離職率、顧客満足度など)経営層に伝わりやすい他の要因の影響が大きく、施策だけの効果とは言いにくい

定量調査のポイント

定量調査では、同じ設問を同じ条件で続けることが大切です。設問をたびたび変えると、スコアの変化が社員の変化なのか、聞き方の変化なのかがわからなくなります。部署別や勤続年数別に見られるようにしておくと、どこに課題が集中しているかを把握できます。ただし、人数の少ない部署まで細かく集計すると、回答者が特定されるおそれがあります。集計の単位をあらかじめ決めて伝えておくと、安心して回答してもらいやすくなります。設問の作り方はインナーブランディングのアンケート活用法:調査の種類・設問例から結果の生かし方までで紹介しています。

定性調査のポイント

アンケートのスコアが動いたときや、部署ごとの差が大きいときに、理由を聞くのが定性調査の役割です。「理念を意識した場面はありましたか」「判断に迷ったとき、何を基準にしましたか」など、具体的な場面を聞くと、形式的でない答えが返ってきやすくなります。

研修やイベントの評価にも段階を使う

個別の施策を評価するときは、ドナルド・カークパトリックが提唱した4段階の評価法が参考になります。反応(満足度)、学習(習得度)、行動(現場での変化)、結果(組織の成果)の順に確かめる考え方で、レベルが上がるほど評価の難易度も高くなるとされています。研修直後のアンケートが「反応」にとどまっていないかを確かめる目安になります。

太田高寛

数字と声はセットで見るのがおすすめです。スコアだけを見ると原因がわかりませんし、声だけを聞くと印象の強い意見に引っ張られます。報告の場でも、数字の横に現場の言葉を添えると伝わり方が変わると思います。

eNPSなどのエンゲージメント指標の使い方

エンゲージメント指標は共感の段階を把握するのに便利ですが、スコアの上下だけで判断せず、変化の理由とあわせて読みます。

エンゲージメントを測る方法としてよく使われるものの一つがeNPS(従業員ネットプロモータースコア)です。顧客向けのNPSを従業員向けに応用した指標で、Workday Peakon Employee Voiceのヘルプでは次のように説明されています。

項目内容
主な質問自社を勤務先として推奨する可能性はどのくらいあるか
回答0〜10の11段階
区分9〜10が推奨者、7〜8が中間層、0〜6が批判者
計算式推奨者の割合(%)−批判者の割合(%)
計算例推奨者40%、批判者17%の場合、eNPSは23

スコアの読み方で注意したいこと

eNPSのようなスコアは、他社と比べるより、自社の変化を追うのに向いています。業種や規模、回答の傾向によって数字の出方が変わるためです。また、推奨するかどうかは、理念への共感だけでなく、給与や働き方、上司との関係にも左右されます。インナーブランディングの効果として読むなら、理念に関する設問と組み合わせ、「理念への納得度が高い人ほど推奨度も高いか」といった見方をすると、関係が見えやすくなります。

満足度と混同しない

従業員満足度とエンゲージメントは近い言葉ですが、同じものではありません。職場の環境に満足している状態と、組織に貢献したいと思っている状態は別のものです。両者の違いはES(従業員満足度)とEE(エンゲージメント)の違い:インナーブランディングが目指す能動的な貢献意欲で整理しています。

人的資本の文脈とつなげる

人材版伊藤レポート(2020年9月)では、人材戦略に求められる5つの共通要素の一つとして従業員エンゲージメントが挙げられ、2022年5月の人材版伊藤レポート2.0でも、社員のエンゲージメントの水準を把握することが工夫の一例として示されています。同じ2022年の8月には内閣官房の非財務情報可視化研究会が「人的資本可視化指針」を策定しました。上場企業などで人的資本の開示を担当する部署がある場合は、指標や調査を別々に増やさないよう、早い段階ですり合わせておくとよいでしょう。

太田高寛

スコアが下がったときこそ、測っていてよかったと思える場面だと考えています。下がった理由を一緒に確かめて手を打てれば、調査そのものへの信頼も高まります。逆に、結果を伏せてしまうと次の回答率に響くように感じます。

測定の頻度とスケジュールの決め方

頻度は指標が動く速さに合わせます。閲覧数は毎月、意識調査は半年から1年ごと、成果指標は年度単位が一つの目安です。

すべての指標を同じ頻度で測る必要はありません。変化の速さが違うので、指標ごとに頻度を分けると負担を抑えられます。

段階頻度の例見るポイント
認知(閲覧率、参加率)毎月または施策ごと届いているか、届いていない部署はどこか
理解・共感(意識調査)半年〜1年ごと同じ設問での変化、部署ごとの差
行動(投稿数、推薦数、事例)四半期ごと一部の人に偏っていないか、中身は伴っているか
成果(離職率、顧客満足度など)年度ごと複数年の傾向、他の要因との切り分け

施策を始める前に基準値を取る

効果を比べるには、始める前の状態を測っておく必要があります。施策を急いで始めると、この基準値を取り忘れることがよくあります。理念の刷新や全社キックオフの前に、短いアンケートだけでも実施しておくと、後の説明がずっと楽になります。

調査疲れを防ぐ

調査の回数を増やしすぎると、回答率が下がり、形だけの回答も増えます。他部署が実施している調査と重なっていないかを確認し、必要に応じて設問を統合しましょう。何より大切なのは、結果と、それを受けて何を変えるのかを社員に返すことです。回答しても何も変わらないと感じると、調査への協力は得にくくなります。

太田高寛

回答してくれた社員に「こう変えます」と返すところまでが効果測定だと思います。結果を返す手間は小さくありませんが、それ自体が会社の姿勢を伝える発信にもなります。

経営層への報告の組み立て方

報告は「経営課題、社員の変化、次の打ち手」の順に組み立てると、施策の実施報告で終わらず、判断の材料になります。

実施した施策の一覧とスコアだけを並べると、「だから何なのか」という反応になりがちです。経営層が知りたいのは、経営課題の解決にどのくらい近づいているのか、次に何を判断すべきかです。

報告の順番伝える内容例
1. 経営課題取り組みの出発点となる課題部門間の連携不足が新規案件の遅れにつながっている
2. 社員の変化5段階のどこまで進んだか認知は進んだが、部門を越えた行動には至っていない
3. 根拠数字と現場の声意識調査の変化、部署ごとの差、対話会での発言
4. 次の打ち手変える施策と必要な判断対話会を管理職向けに広げたいので、役員の参加を依頼したい

因果関係を言いすぎない

離職率が下がったとしても、それがすべてインナーブランディングの効果とは限りません。「施策が要因の一つと考えられる」と述べたうえで、理念への納得度が高い部署とそうでない部署を比べるなど、説明の根拠を重ねるのが誠実な伝え方です。

効果が見えにくい時期の説明

成果の指標はすぐに動きません。そのため、最初の説明の段階で、「最初の半年は認知と理解の変化を見る」「成果指標は年度単位で見る」といった見通しを経営層と共有しておきます。スケジュール全体の考え方はインナーブランディングの進め方ロードマップ:企画、設計、実行、評価の7ステップも参考にしてください。

太田高寛

経営層には、良い結果だけでなく「ここで止まっています」という話も含めて伝えた方が、次の判断をしてもらいやすいと感じています。報告が相談に変わると、経営層も取り組みの当事者になっていくのだと思います。

効果測定でよくある失敗と対策

失敗の多くは、測ること自体が目的になることから生まれます。指標と次の行動をセットで決めておくと防ぎやすくなります。

よくある失敗起こりやすいこと対策
スコアを目標にする部署間の競争や、回答の誘導が起きるスコアは現状把握に使い、評価と直結させない
投稿数などの量だけを追う数字は増えても中身が伴わない量と一緒に事例の中身を確認する
測定方法を毎回変える前回と比較できない中核となる設問は固定する
集計して終わる社員にも経営層にも伝わらない報告と改善の場をあらかじめ予定に入れる
全社平均だけを見る部署ごとの課題が隠れる個人が特定されない範囲で、部署別や階層別に見る

ツールの導入を先に決めない

エンゲージメントサーベイのツールは便利ですが、導入すれば効果測定ができるわけではありません。何を確かめたいのかを決めたうえで、必要な機能を選ぶ順番にすると、使われないまま契約が続く事態を防げます。

太田高寛

測定は、社員を評価するためのものではなく、会社の取り組みを見直すためのものだと最初に伝えておきたいところです。この前提が共有されていると、厳しい結果も前向きに話し合いやすくなると思います。

効果測定の設計から相談したい方へ

TSRコンサルティングでは、社員の意思統一や部門間の連携といった組織課題をインナーブランディングの観点から診断し、計画立案から実行まで助言・伴走します。相談から実務支援、社内に入っての課題抽出まで対応しており、料金は月5万円(税抜)からです。「何を指標にすればよいかわからない」という段階でもお気軽にご相談ください。

まとめ

  • 効果測定の目的は証明だけでなく、現状の把握、施策の改善、経営層への説明の3つに分けて考える
  • 指標は認知・理解・共感・行動・成果の5段階で整理し、最初は段階ごとに1〜2個に絞る
  • 定量調査、定性調査、行動データ、業績データを組み合わせ、頻度は指標が動く速さに合わせる
  • 経営層には経営課題、社員の変化、根拠、次の打ち手の順で伝え、因果関係を言いすぎない

よくある質問

インナーブランディングの効果はどのくらいで出ますか?

一概には言えません。認知や閲覧のような指標は施策の直後から動きますが、行動や離職率などの変化には時間がかかります。最初の半年は認知と理解、その後に共感や行動、年度単位で成果を見るなど、段階ごとに見通しを立てておくとよいでしょう。

KPIはいくつ設定すればよいですか?

決まった数はありませんが、最初は認知・理解・共感・行動・成果の段階ごとに1〜2個程度に絞ると運用しやすくなります。「この数字が動いたら次に何を変えるか」を説明できない指標は、外してもよいか検討してみてください。

eNPSだけで効果を判断してもよいですか?

おすすめしません。eNPSには理念への共感だけでなく、給与や職場環境なども影響します。理念に関する設問や現場の声と組み合わせ、自社の中での変化として読むと、インナーブランディングの判断材料として使いやすくなります。

少人数の会社でも効果測定は必要ですか?

規模に合わせて簡単に行うことをおすすめします。短いアンケートを定期的に実施し、対話の場で理由を聞くだけでも変化をつかめます。人数が少ない場合は個人が特定されないよう、匿名性の扱いに注意してください。

調査ツールを導入しないと測定できませんか?

導入しなくても始められます。一般的なアンケートフォームでも、同じ設問で定期的に実施すれば変化を追えます。回答者数が多い場合や部署別の分析を継続したい場合に、専用ツールの導入を検討する順番でよいでしょう。

関連記事

参考情報